【怖い話】盗聴

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死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?57より

545 :盗聴 1/10 ◆ABcdEBoHmE:03/11/06 00:47
いまから十年以上前の話です。(人物名は仮名です)

俺はとある地方都市に住んでいた。
そこは沿岸部の都市で、なかなか風光明媚な観光地でもあった。

そこで勤めてた会社に、藤本っていう同僚がいた。
そいつは別にカッコワルイってわけじゃないんだけど、女がいるという話は聞かなかった。
というのも、ちょっと性格的にヒキコモリっぽいところがあって、
飲み会とかに誘ってもあんましついて来なかったし、
残業もせずに、いつもまっすぐ家に帰るようなやつだったから。
そんなわけで、彼の趣味が『盗聴』だと知ったときは、さすがに俺も納得した。
何度かそいつの家に誘われたことがあったけど、
いかにも高そうな無線機やでっかいアンテナ、手錠や警官の制服、怪しげな雑誌とかが、
部屋中に散乱してたのをいまも鮮明に覚えてる。
いまだったら携帯はデジタル化してるし、コードレスも秘話機能ついてるから無理みたいだけど、
当時は何でも入れ食い状態で聞けたんですよ。
実際、藤本にいろいろ聞かせてもらったけど、聞いてて確かに面白かった。
女子高生らしい女の子たちが、お互いの彼氏のチ○ポの話とかで大いに盛り上がってるし、
いい年こいたカップルが、お互い幼児言葉で会話してるし・・・。
こいつら、ほかに聞いてる人がいるなんて、これっぽっちも考えてねぇんだろうな~バカだよな~
てなことを言いながら、藤本とゲラゲラ笑い転げた。
まあ、いちばんバカなのは自分たちだということが、あとになって分かるのだが・・・。

そんなことがあってから、ある日、会社の昼休みの時間に、藤本が俺のところにやってきて言った。
「なぁ、お前の課に吉沢っていう女の子いるか?」
この一言がすべての発端だった。

549 :盗聴 2/10 ◆ABcdEBoHmE:03/11/06 01:04
吉沢さんはうちの課に新しく入ってきた女の子で、
可愛らしくて愛想もよく、いろいろ細かいところにもよく気づく、性格のいい明るい子で、みんなに好かれてた。
恋人いないのが不思議なほどだ。
みんな彼女の気に入られようと、休み時間にアイスやらお菓子やらて買ってきて、彼女の歓心を買おうとしていた。
だが俺は、不思議とそういったことをする気にはなれなかった。

「吉沢さんか?ホラ、いまあそこでコピーとってるあの子だけど、彼女がどうかしたんか?」
藤本が女のこと話し出すなんて珍しかったんで、
やつにもついに好きな女でも出来たのかと考えたら、可笑しさがこみ上げてきた。
でもそのとき藤本はそれ以上興味を示さず、「へぇ~あの子ねぇ」とつぶやくと、
遠目でジロジロ彼女を見て、一瞬ニヤッと笑うと、すぐに自分の課に戻った。

次の週、昼休みにまた藤本がやってきて、「吉沢さん、今日来てるか?」と聞いてきた。
彼女はその日も朝早くから元気に出勤していたし、特に体調が悪いようでもなかったので、
どうしてそんなことを聞くのか分からなかったが、どうやら彼女のことが気になって仕方がないらしい。

ところが、その次の日にも、また藤本がやってきて同じことを聞く。しかも少し真顔で。
俺はさすがにちょっとウザくなってきたので、
「なぁ、そんなに彼女が好きなんだったら、俺のほうからそれとなく言ってみようか?
 でもあの子みんな狙ってるから、お前には無理かもなw」
と、冗談ぽく言ってみた。
が、藤本は表情を変えずに、
「いや、そうじゃないんだ。実を言うと、気になることがあるんだ。
 とにかくここじゃ話せないから、今度の週末に俺ん家来てくれよ」

552 :盗聴 3/10 ◆ABcdEBoHmE:03/11/06 01:14
週末、俺は藤本の家にいった。
相変わらず無線機やら雑誌やら散乱してる汚い部屋だった。
だけどその時は、そんなことかまってられなかった。
俺は腰を下ろすと同時に、彼に話しかけた。
「なぁお前、吉沢さんと何かあったのか?」
すると、いままでみたことがないほど真剣な顔で藤本はつぶやいた。
「聞いてしまったんだよ・・・」

彼の話によると経過はこうだ。
彼はいつものように、会社から帰ってすぐに無線機のスイッチを入れ、飯を食いながらダイヤルをいじっていた。
すると、『トゥルルルルル…トゥルルルル…トゥルルルル…ガチャ…ハイ、吉沢です…』と聞こえてきた。コードレスだ。
こんな風に、通話のはじめから受信できると相手が名乗るので、運がよければその時点で相手が特定できるという。
聞き続けていると、OL同士らしい。たわいもない話だ。
でも、さらに聞き続けていくうちに、話の内容からして、どうもうちの社員らしいことが分かった。
だから俺のところに来て、「吉沢って子いる?」と聞いてきたわけだ。
彼にしてみれば、うちの社員だと分かってしまえば、がぜん興味が増してくるわけで、
藤本は次の日から、さらに熱心に無線機にかじりついた。
さいわい吉沢さんの声は、高音がすごくきれいな特徴的な声だったので、すぐ分かったという。

さらに数日後、コードレスの帯域をサーチしてたら、再び吉沢さんらしい声をキャッチ。
でも今度の相手は中年男で、なにやら真剣な話をしている。貸出し枠がどうとか、期限がどうとか話し込んでいる。
どうやら相手はサラ金らしく、しかも額がすでに数百万にもなっているというのだ。

「まさか!」
俺は藤本をにらんだ。吉沢さんが借金?そんなはずはない。
経理課でもお金にはいちばんキッチリしてるし、ブランド品だってそんな持ってるわけでもないし、
あの吉沢さんがそんな多額の借金を?
「まぁ落ち着け。話はそれだけじゃないんだ」

553 :盗聴 4/10 ◆ABcdEBoHmE:03/11/06 01:16
藤本はさらに話を続けた。俺はその話を、呆然としながら聞いた。
サラ金との話が終わりかけるころ、キャッチホンが入ったらしい。相手は彼女の兄だ。
兄貴はよほど酔っ払っていたらしくて、話の内容はよく聞き取れなかったが、しきりに金の無心をしていたというのだ。
いや無心というより、半ば脅すような感じだったという。
彼女も彼女でそんなものは断ればいいのに、と藤本はその時思ったんだけど、
どうも断りきれない「事情」があるような、はなしぶりだったらしい。

次の晩も、そのまた次の晩も、兄貴から吉沢さんに電話があった。
藤本の話では、日を追うごとに兄貴の要求がエスカレートし、吉沢さんもいよいよ金の工面が尽きかけてきたというのだ。
「なぁ、お前どう思う?」
藤本が沈鬱な表情で語りかけてきた。
「どう思うもなにも、とにかく彼女から直接話を聞かないことにははじまらんだろ」
「しかしなぁ、俺たちのやってることは盗聴だぜ。犯罪じゃん。どのツラ下げて彼女に伝えるんだよ」
そういわれると、俺は何も言い返せなかった。

次の日会社にいってみると、吉沢さんはいつもどおり明るく、
藤本が聞いたような事情があるとは微塵にも感じられなかった。
本当にあの吉沢さんが兄に毎晩脅され、あげくサラ金に多額の借金をしているのか、どうしても信じることが出来なかった。
彼女の笑顔を見るたびに、どうしようもなく心が痛んだ。
そんなこんなで、折から体調を崩しかけていたときに、藤本からそんな話を聞かされたものだから、
精神的にも少し参ってしまって、少し会社を休むことにした。

そして、会社を休んで三日目の朝、電話がけたたましく鳴った。
『おい、お前か?』
藤本だった。なにか猛烈にいやな予感がした。
「なんだよ、こんな朝早く」
『よく聞け、吉沢さんが……今朝自殺した』

556 :盗聴 5/10 ◆ABcdEBoHmE:03/11/06 01:21
吉沢さんはその日の朝、郊外の岬近くの断崖から身を投じたという。遺書はなかったらしい。
まだ熱があるのにもかかわらず、俺は会社に急いだ。

上司や同僚はすでにみんな来ていた。女子社員はみんな固まって泣き崩れ、あたりに号泣がこだましていた。
藤本も来ていた。彼は俺に目配せして非常階段の前に行こうとしたので、俺もついていった。

「あれから何かあったのかよ!」
俺は目を真っ赤に泣き腫らして、藤本に食いついていた。
「昨日の晩…」
藤本も今にも泣きそうになりながら話し出した。
「また兄貴と話してたんだ。よく聞こえなかったが、でも今度こそは抜き差しならない様子だった。
 お互い激しく口論したかと思ったら、吉沢さんが突然取り乱して…聞いてられないほど泣き出して……
 『それだけは……私この町にいられなくなる…兄さんそれだけはやめてください』って何度も言うんだよ」
藤本はよほど我慢できなかったのか、翌日、思い切って彼女にそれとなく聞いてみるつもりだったらしい。
しかし、もう遅すぎた……。

吉沢さんの葬儀のとき、俺も藤本も警察から事情を聞かれた。もちろん、本当のことが言えるはずもない。
警察も、吉沢さんに借金があったこと以外は突き止められず、結局、借金苦の自殺ということで処理された。
社員全員とても信じられない面持ちだったが、
それ以上のことは分からないので、結局、そう信じざるを得なかったのだろう。
俺と藤本は、お互いこのことを一生口外しないことを約束した。

そしてしばらくして、俺は東北の支社に半年間出張するよう辞令を受けた。

557 :盗聴 6/10 ◆ABcdEBoHmE:03/11/06 01:22
半年後、長期出張から帰ってきた俺は、上司に挨拶を済ませて退社しようとしたときに、ある社員とすれ違った。
「え?」
藤本だった。一瞬誰だか分からなかったのも無理はない。驚くほど彼は変わっていた。
ちょっと前までのヲタっぽい面影は微塵もなく、適度に日焼けして髪も伸ばして、すっかり好青年に変身していた。
「実は彼女が出来た」
信じられない言葉が彼の口から飛び出してきた。
少しおとなし目の子であまり笑わないらしいが、そのちょっとすましたところが可愛いんだとノロけやがった。
そんなノロけ話をしていたが、やはり話の合間になるとお互い表情が暗くなった。
何とはなしに自然に、吉沢さんのことに話が及んだ。

俺は半年間の出張の間、ある思いにとらわれていた。それはずっと心の中で引っかかっていた、ある疑念だった。
「なぁ、藤本よ。
 俺ずっと思ってたんだがな、ホラ、お前が最初に吉沢さんの会話を盗聴したときさ、
 お前、何かおかしいとは思わなかったか?」
「どうしてだ?」
藤本は怪訝な顔つきをしながらも、多少興味がありそうな眼差しで俺を見た。
「偶然にしては出来すぎた話だろ。
 お前がダイヤルをまわした瞬間に、ちょうど呼び出し音が鳴ったんだ。
 少しでもタイミングがずれてたら、お前は名前を聞き取ることができなかった・・・」
「おいおい、いったい何が言いたいんだ?」
少し藤本の目に狼狽の色が浮かんだ気がした。
「つまりだな。吉沢さんはその……だから…」
俺は肝心なところで口ごもった。あるいは無意識のうちに、その先を言うのを恐れていたのかもしれなかった。
藤本は俺が話し続けようとするのを片手でさえぎった。そして次の瞬間、突然笑い出して意外なことを口走った。
「なぁ、そんなことより、今度海に行かないか?」
こいつが海に行きたいだって?人は変わるものだ、と心底俺は驚いた。
「いや、実はいまの彼女がさ、海に連れてってくれってうるさくってさ。
 でも俺免許ないじゃん。だからお前に運転してもらおうと思ってさ」
こういうずうずうしいところは変わってなかった。でも、別に断る理由もなかったのでOKした。

558 :盗聴 7/10 ◆ABcdEBoHmE:03/11/06 01:25
約束の日曜日、藤本が彼女を連れて俺の家にやってきた。
正直言って驚いた。コイツがなぜこんな子をゲットできたのだろう、と思うほど色白できれいな子だった。
でも彼のいうとおり、あまり笑わない子だった。
といってムスっとしているわけでもない、なにかこう冷たい表情だった。
藤本は何とか彼女を笑わせようと寒いギャグを連発した。もちろん、そんなことで彼女が笑うはずもない。

そんなこんなで三人を乗せた車は、市外の丘陵部分に差し掛かろうとしていた。
この山を登りトンネルを抜けて下ると目指す海がある。
藤本のギャグがあまりにも寒いので俺はカーラジオをつけた。
地方都市の昼間のラジオだ。はっきりいってつまらない。

そのうち、もうすぐトンネルというところまで来た。
藤本は相変わらず。俺はつまらんラジオを聴いて気を紛らわせていた。
ラジオ番組はプレゼントコーナーになった。
リスナーが送った葉書の中から無作為に一枚選ぶ。
そしてそこに電話をかけ、合い言葉が言えたらおめでとう!5万円ゲットです!といった、よくあるパターンの内容だった。
もちろん、葉書を選んだ時点では名前は言わない。一種の抜き打ちだ。
『では今週の当選者はこの方です。いまからあなたのお宅に電話しますんで、合言葉を言ってくださいね。
 トルルルルル…トルルルル…』
そのうち車はトンネルに入った。
『トルルルルル…トルルルル…』
「あっ」
俺は何かに打たれたように声を上げた。
ここトンネルだろ?なんでラジオの電波が入ってくるんだ?
「おい、藤本。藤本ッ」と言ったが聞こえていない。やがて車はトンネルを抜けた。息詰るほど長く感じた。
『トルルルルル…トルルルル…』
まだ呼び出し音が聞こえてくる。
『トルルルルル…トルルル・・・・・・・ガチャ・・・はい、吉沢です』
藤本の声が一瞬で静かになった。
俺は心臓を万力で締め付けられるような衝撃を感じて、ハンドルを取られそうになった。

559 :盗聴 8/10 ◆ABcdEBoHmE:03/11/06 01:28
もう、そのときまで聴いていたラジオ番組じゃなかった。
カーラジオからは、二人のOLのたわいもない世間話が聞こえてくる。俺は車を止めた。
後ろを見ると、藤本が死人のように真っ青になっている。多分俺も同じだったろう。
藤本の彼女はキョトンとしていた。
カーラジオのチャンネルを変えてみたけどダメだった。いや、スイッチを切ってもまだ聴こえてくる…。
「おい・・・・こ、これ、吉沢さんだって」
まさしく吉沢さんの声だった。俺はもうそれ以上言葉は出せなかった。
やがてカーラジオから、吉沢さんと中年男との会話が聞こえてきた。
もう二人とも膝がガクガク震えて、汗でびっしょりだった。
ふと藤本の彼女と目が合った。俺は愕然とした。
あの笑わない子が、ラジオを聴きながらニタニタ笑っているではないか。
「か、帰るぞッ」
一刻も早く帰りたかった。とにかくここにいてはやばい気がする。さっそく今来た道を引き返した。
ラジオからは、吉沢さんと兄貴の口論が聞こえてきた。おそらく自殺前夜のものだろう。
吉沢さんが激しく泣き叫んでいた。
しかし、その泣き叫ぶ声に混じって、後ろからゲラゲラ笑う声が聞こえてきた。
背筋をとてつもなく冷たいものが駆け抜けた。
もう何がなんだか分からなかった。ただひたすら猛スピードで車を走らせた。

どのくらい時間が経ったのか・・・
「おい、この道違うぞ」
震える声で藤本が叫んだ。道に迷ったのだ。そんなバカなッ。迷うはずのない道で・・・。
俺はもう泣きながらすっかり動転して、それでもハンドルだけはしっかり握っていた。
藤本の彼女はもう手をたたきながら足を踏み鳴らして、涙を流さんばかりにゲラゲラ笑っていた。

やがて三人の目の前の視界が急に開けてきた。目の前には岬が見える。吉沢さんが身を投げた岬だった。
そのとき、ラジオから急に『ガシャン!』と、受話器が叩き切られたような音が聞こえた。
その瞬間、俺はハンドルを取られた。
目の前に断崖が迫ってくる。俺は急ブレーキを踏んだ。目の前が真っ白になった。

561 :盗聴 9/10 ◆ABcdEBoHmE:03/11/06 01:31
気がつくと病院の中だった。
あとで聞いた話だが、どうやら車はスピンして、山側の崖にぶつかって止まったらしかった。
俺は長い間気を失っていたが、さいわい腕に軽い傷を負っただけで済んだようだ。
目の前のベッドに藤本がいた。足を骨折しているようだったが、命に別状はないようだった。
しかし、もはやそこにはあの好青年の面影はなく、
変わる前の藤本、いや、それよりももっと老け込んでしまったような彼がいた。
彼は死人そのもののような顔で、正面をじっと見つめたままだ。
「彼女は?」
俺はなぜ最初に、彼女のことを聞いたのか分からなかった。
少しの沈黙の後、彼はゆっくりと、だが視線はそのままで顔をこちらに向けた。
「ああ・・無事だ」
まるで抑揚のない声で言ったあと、人差し指でこめかみをゆっくりと指差しながら付け加えた。
「でもな・・・狂っている・・・」
俺は大きくかぶりを振った。
そしてなぜか、今すぐ彼女の病室に行かなければいけない気がして、俺は立ち上がって部屋を出ようとした。
そのとき、「待て」。
はっとするほど力強い声で藤本が呼び止めた。
俺は藤本のほうを振り向こうとしたが、なぜか振り向くのが怖かった。
「実は…まだお前には話していないことがある……」
藤本はポツリポツリと語り始めた。

562 :盗聴 10/10 ◆ABcdEBoHmE:03/11/06 01:36
藤本の話はこうだった。
「俺は吉沢さんの葬儀の前日に、彼女のアパートにいったんだ。何人か仲間も来ていた。
 彼女の部屋は、そのなんというか、実に彼女らしいというか、きちんと整頓されていて、
 別にわざわざ、俺たちが荷物を整理しに行かなくてもよかった」
藤本はここまで一気に話して、いったん大きく息を吸い込んでは吐き出した。
「テーブルの脇に一冊のアルバムがあった。多分死ぬのを覚悟してから見たんだろう。みんな泣いていた。
 そして、その反対側に電話があったんだ。
 俺が無線機で聞いたあの悲惨な会話…すべてこの電話で行われていたんだ。そう思うと俺も泣けてきてね。
 だけど次の瞬間、俺はあることに気がついて、めまいがしそうになった…」
俺はたまらず藤本の方を振り向いた。彼は今まで見たこともないような柔和な表情を浮かべていた。
「彼女の電話…コードレスじゃなかったんだよ。
 彼女はもちろん携帯も持ってなかったし、だいいち携帯とコードレスは周波数も違う。
 …じゃあ一体俺は、今まで何を聞いていたんだってな…」
俺の疑問は氷解した。でも、まだ胸につっかえるものがひとつ残っている。
気がつくと俺は、ゆっくり藤本の彼女の病室に向かっていた。その先に何か答えがあると思った。

彼女はそこにいた。
ベッドにちょこんと腰掛けて、片手で受話器を持つまねをして、楽しそうに壁に向かってしゃべっている。
俺は彼女に近づいて、うしろかっらそっと抱きしめた。もうその時は、彼女が吉沢さんだと確信していた。
彼女の声が吉沢さんの声になった気がした。
俺は泣きじゃくりながら、胸の最後のつっかえが消えていくのを感じた。
俺は吉沢さんを愛していたことに気づいた。

俺はしばらく意識を失っていた。そして、気づいたとき彼女はいなかった。
それ以降、誰も彼女を見た者はいない。

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