死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?49より
840 :8月はこんな話でも(1):03/08/22 23:53
個人的な話ですが、ふと書き込もうと考えた俺の行動にもなにか意味があるのなら。
修士に進学した4月、こんな俺にもはじめての彼女ができた。
相手は講座に配属になったばかりの4年生。
女子学生が少ない学科だったが、その中でもこの講座は特に少ない。
過去にもほとんど女性がいなかったので、彼女は当初、その存在だけで俺達を困惑させた。
前髪を野暮ったく切ったロングヘアーに、度のキツイ眼鏡。
いかにも母親にデパートで見立ててもらいました、というようなフリフリのロングスカート姿。
講座の連中は、そろいもそろって自閉症気味のオタクばかりで、
女子学生が入ってきたというだけで、もうどう対処して良いのか判らなかったようだ。
かく言う俺も、当初はめんどくさいなあとしか思っていなかった。
新歓コンパの二次会に向かう路上、眼鏡を外した彼女の素顔。
俺は古くさい言い回しだが、視線が釘付けになった。
「こんな綺麗な娘だったのか」
いや、実際そこまでの美形ではなかったのかもしれない。
でも、俺には彼女が、彼女と並んで歩いているこの時間が、
まるで遠い過去から予定されていたような、運命的なものを感じた。
瞬間、恋に落ちていた。
「あ、あのさあ…」
「え?」
眼鏡をかけ直して振り向いた彼女に、俺は自分でも予想のつかないセリフを放った。
「世界で一番、君が好きだ。たぶん、ずっと昔から…」
「はい。たぶん、わたしも…」
コンパの二次会をすっぽかして、夜の街をなぜか手を引いて走った。誰に追われている訳でもないのに。
女の子と付き合ったこともなかった俺は、どこに行けばいいのかわからない。
駅前の喫茶店で夜の10時まで話し込んだ。
それが自宅生の彼女のタイムリミット。駅のホームで見送る俺は、胸が張り裂けそうだった。
「シンデレラだって門限は24時だろうがよ!」
841 :8月はこんな話でも(2):03/08/22 23:54
人生、数式では定義できないものだと知った。
「コペンハーゲン解釈、ありゃ嘘だね」
「わたしも思ってた」
「エヴェレットにしても人生経験が浅い」
「多元宇宙論ね。解釈問題に立ち入ると先生が怒るわよ」
「君も俺も、世界で一人ずつだ。他にスペアはいらない」
世界は、この世界は、俺が人生を賭けられると思っていた物理の真理よりも、はるかに甘美な世界だった。
「このまま時間が止まればいい。でも、時間の流れは過去も未来も定義に違いはない。
流れていると感じる我々に限界がある」
「はぁ。なんでこんなに好きなんだろ。あなたと会えなかった世界なんて、パラレルワールドにもあり得ないわ」
安アパートの、通販で買ったソファーで彼女の肩を抱きながら、時間の経つのも忘れて話しをした。
「高校まではずっと野球部だったけど。その頃の話でね…」
842 :8月はこんな話でも(3):03/08/22 23:55
俺は高校までは野球漬けの生活だった。
進学校の弱小野球部、3年間で公式戦では一度も勝てなかった。
それでも俺が部活を続けていたのは、試合ではいつも、いや、日頃の練習でもなぜか俺達を見に来る、
野球好きらしい女の人の存在があったからかもしれない。
その人はいつも同じ格好をして、俺達の試合や練習を見に来ていた。
不思議とチームメイトたちは気が付いていないようで、俺が話題を振っても「何それ?」という具合。
黒のミニスカートにタンクトップ。真夏でも紅いスイングトップを羽織って。
ショートの髪型とハイヒールが『大人の女』そのもので、俺はずっと気になっていた。
「たぶん、高校のOGなんだろうけど。
でも、俺らの高校が共学になったのはそれほど前じゃないし、
野球部はずっと弱小チームだったから、わけが判らないのだよなあ。
OBの話でも女子マネージャーはいなかったって言うし、単なるファンなんてありえないのだけどなあ」
「あなたの憧れのひと?もしかして初恋のひと?」
「そんなんじゃないんだけど。たぶん、君に似ていたんだよ」
「わたしと出逢うよりず~っと前でしょ!」
「それが時間的に前の事象だと決定できるの?」
「物理の話してるんじゃないでしょ!ふふっ。あなたは憧れてたんだ。そういうお姉さんに」
「お、俺はそんなこと(野球部)しながら、大学受験は大丈夫かクヨクヨしていたただの迷い子だったよ!
話しかける勇気もなかったさ」
843 :8月はこんな話でも(4):03/08/22 23:56
夜中に電話で起こされた。
なにか気がかりな夢をみていた記憶はある。
起きたときに涙で視界がぼやけているのが、自分でも訳が分からなかった。
『おい!そこを動くな!今から行くから、とりあえず目を覚ましておけ!』
友人のSからの電話だった。
Sが部屋に来てからの記憶は飛んでいる。
霊安室でベッドでもない妙な台に横たわった彼女は、いつもの姿ではなかった。
黒いミニスカート、紅いスイングトップ、ショートヘアー、ハイヒール。
彼女の友人らしい女の子が、泣きじゃくりながら俺を責める。
いや、俺を責めていたわけではないのだろう。
「あなたに、あなたに見せるんだって言って。私とこの服買いに行ったのよ!」
「眼鏡がないと…きっと困ってる」
「なに言ってるの!?あなたのために…」
彼女は友人と別れた後、自宅と目の鼻の先の路上でクルマにはねられたらしい。
運転していた若造は一旦逃げたが、仲間に付き添われて警察に出頭していた。
俺はその後もふらふらと生きている。
大学院は中途で辞めた。
今は普通のサラリーマン。
物理のブの字も想いだしはしない。
半袖ワイシャツでの営業の途中、暑さにたまりかねて飛び込んだ喫茶店で甲子園の中継を見る。
なにをしても中途半端だった俺の、もうどうでもいい人生で、2番目に大切だった思い出。
高校の野球部。
彼女は時を超えて見守ってくれていたんだ。
知り合う前から、ずっと…。
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